top of page

コーチの感情知能指数(EQ)



 日体大大学院コーチング学専攻修士1年の長久保健太郎です。今回、私が興味を持っている効果的なコミュニケーションについて紹介したいと思います。


私の文脈

 その前に、少しだけ私の文脈を書かせて頂きます。私は小学校4年生からバレーボールを始めました。大学を卒業してからはコーチとしてバレーボールに携わり、現在は大学院でコーチングを学びながら日体大女子ビーチバレーボールのコーチをしています。私はビーチバレーボールの競技経験はありません。ですが未経験の競技をコーチすることで自身のコーチングスキルを向上できると思い、ビーチバレーボールというインドアとは異なるバレーボール競技でコーチを始めました。また、私は今のところビーチバレーボールの専門的知識がないため選手とのコミュニケーションを通じて選手の意思決定を尊重し、手助けするアプローチを心がけています。


コミュニケーションの大切さ

 さて、本題に入っていきたいと思います。現在、私は選手とのコミュニケーションに悩みを抱えています。「コーチの言動や態度が選手に変化を起こさせる。変化は選手の動きであったり、情動であったりする。時には、それがパフォーマンス自体を左右することもある」(植田、2004)と報告されているように、選手との円滑なコミュニケーションが非常に重要なことは重々承知しているつもりです。そして、自らのコミュニケーションスキルを高めていかなくてはと感じているものの、自分の考え(あるいは価値観)とは違う考え方を素直に理解するのが難しく感じるのです。大学院においても、相手の意見を認めることの大切さを学び、言葉の上では共感を表す表現をしようとしているものの、実は心の底から共感しているようには自分で思えないのです。共感が大切だと知っていたとしても、どのようにすれば共感できるのか、共感しようと思って出来ることなのかなど、いろいろと疑問が生まれてきます。このような思いがきっかけで、共感について調べてみようと思いました。


IQとEQ

 コーチとアスリートの関係性や共感、コミュニケーションについて調べているうちに、人間関係構築において共感などに関係する知的能力「感情知能指数(EQ)」があることを学びました。IQとして広く知られている知能指数(Intelligence Quotient:以下IQ)については知っていたものの、EQについては初耳でした。

 まずIQですが、厚生労働省の定義によれば、「知能の水準あるいは発達の程度を測定した検査の結果を表す数値。知能のおおまかな判断基準とさせると同時に、知的障害などの診断や支援に利用される。知能の単に学習で覚えた知識や学力ではなく、様々な状況や環境に合理的に対処していくための土台となる能力を知能と捉え、それをわかりやすく数値化したもの。」とされています。

 EQ(Emotional Intelligence Quotient)とは感情知能指数のことで、リーダーはIQよりもEQを高める必要があると言われています。もちろん知的能力も傑出したパフォーマンスの原動力であると認められています。様々なリーダーのコンピテンシー・モデルに関するデータを分析したところ、全体的思考や長期的視野といった知的能力は重要であることが分かりました。しかし、EQの提唱者であるダニエル・ゴールマンは、知的能力とEQの能力を比べてみると傑出したリーダーを特徴づける要素としては、組織のトップに近くなればなるほどEQに基づいた能力が重要な役割を果たしていることが明らかになったと述べています。


EQの重要性

 感情知能指数は自分自身の感情や相手の感情を認知する(知覚する)知的能力のことであり、これらのことから「共感」にはEQを高める必要があると考えました。ゴールマンはEQには「自分の感情を認識する」「自分の感情をコントロールする」「他者の感情を認識する」「人間関係を構築する」といった4つの領域があり、EQが優れたリーダーの第一の基礎として「自分の感情を認識する」ことだと述べています。つまり「自分の感情を認識する」ことで「自分の感情をコントロールする」ことと「他者の感情を認識する」が可能になり、これら2つが合わさり「人間関係を構築する」ことができるのです。

 また、高木ら(2006)はスポーツマンの人間力を評価する尺度として感情知能尺度(EQS)が使えるのではないかという仮説のもとに調査を行い、人間力がEQSによって評価できる可能性を示唆しました。曖昧な概念である人間性ですが、EQが高い人は人間性が高い人であると言えるのかもしれません。文部科学省による「グッドコーチに向けた7つの提言」において、コーチが自身の人間性を高めていくことが必要であると指摘されていますが、これはひとつにはEQを高めていくことだと言い換えることができるかもしれません。


EQが優れているリーダー

 またEQが優れているリーダー達はどのような考え方(モチベーション)でどんな行動をしているか調べてみました。


1. 感情の自己認識

 感情の自己認識に優れたリーダーは自分の内なる信号を受け止める感度が良く、自分の気持ちが自分自身や自分のパフォーマンスにどう影響するかを認識できる。自分の指針となる価値観によく順応し、複雑な状況においても全体像を把握して最良の行動を直感的に選択することができる。感情の自己認識に優れたリーダーは率直で偽りがなく、自分自身の感情について率直に語り、指針とするビジョンについて信念をもって語ることができる。


2. 正確な自己評価

 自己認識に優れたリーダーは自分の強さと限界をわきまえており、ユーモアをもって自分自身を見ることができる。改善すべきところは潔く学び、建設的批判やフィードバックを歓迎する。正確な自己評価ができるリーダーは、新しいリーダーシップ能力を学習する際に助けを求めるべき場面や集中すべき対象を知っている。


3. 自信

 自分の能力を正確に知るリーダーは、長所を正確に活かすことができる。自信があれば難しい問題に進んで取り組むことができる。こういうリーダーは存在感があり、集団の中でも堂々として目立つ。


4. 感情のコントロール

 感情のコントロールができるリーダーは、不穏な感情や衝動を管理できさらには有益な方向へ向け直すことができる。強い圧力や危機に直面しても平静を保ち、明晰な判断力を失わない。あるいは困難な状況に置かれても動じない。


5. 透明性

 透明性の高いリーダーは、自分の価値観に正直である。透明性、すなわち自分の気持ち、信条、行動を一切隠しだてない姿勢は、誠実さにつながる。このようなリーダーは自分の誤りや過失を素直に認め、他人の非論理的行動に対しては看過されることなく立ち向かう。


6. 順応性

 順応性の高いリーダーは多数の要求を集中力やエネルギーを失うことなくさばくことができ、組織が必然的に持つ曖昧さを気にしない。このようなリーダーは新しい課題に柔軟に対応し、変化にすばやく、新しいデータや現実に直面してもしなやかな思考力を失わない。


7. 達成意欲

 達成意欲の高いリーダーは自分の中に高い基準を持っており、自分自身についても部下についても、つねにパフォーマンスの向上を要求する。こういうリーダーは実用主義的で、リスクを計算したうえで達成可能な範囲で難度の高い目標を設定することができる。最大の特徴は、つねに向上を目指して学習(および指導)を続けていくという点である。


8. イニシアチブ(主導権:先頭に立って発言や行動し、他者を導く)

 自分には自らの運命をコントロールする力が備わっている、と信じることのできるリーダーはイニシアチブが高い。こういうリーダーはチャンスが来るのを待つのではなく、自分からチャンスをつかみに行く(あるいは作り出す)。将来の可能性を広げるために必要となれば、慣例を打破しルールを投げることも厭わない。


9. 楽観

 楽観的なリーダーは逆境を柔軟にかわし、挫折の経験にもチャンスを見出す。こういうリーダーは他者を肯定的に見て、最良の結果を期待する。「コップの水はまだ半分も残っている」と考える楽観性から、将来の変化についても良い結果を信じることができる。


終わりに

 私は自己認識とは「自分はどんな時に何を感じるのか」を認知することだと思っています。そうすることで私は“自分という人間を理解し、感情の知識が深まる(感情が豊かになる)”ことが分かりました。この2つの発見は私にとって大きな影響を与えました。私は自分という人間を理解していなかったので「自分はこう思う」と発言することができませんでした。ここで私は自己開示がなければ他者との違いが明確にならず、他者を受け入れることが難しいと分かりました。また私は感情についての知識が少なかったので“他者の感じていることが自分とリンクしなかった”のだと思います。ここで初めて経験したことがないことに対して理解することは大変難しいことが分かりました。


 先日の記事にも掲載されていますが、コーチには「対他者の知識」「対自己の知識」「専門的知識」が必要だといわれています。その「対自己の知識」を深めるにあたって、自分自身の成長に目を向ける自己認識はコーチにとって重要であり、EQは自己認識に深く関係しているといえます。

 Beckerら (2005) は、「競技者に詳細に且つ正確で適切な知識を与えるためには, 自分自身が向上し続けることと, 自分がコーチしている競技の知識を獲得し続けることが重要」と述べ、競技の専門的知識だけでなく、コーチ自身も自己研鑽すべきだということを指摘しています。また「(ビーチバレーボールの)専門的知識」は同チームスタッフとの協力で選手だけでなく自分自身も知識を養えてきていることから「専門的知識」はスタッフと協力し、また選手たちとのコミュニケーションによって解消されてきています。そこで私は自己認識を深めながらEQを高め、チームスタッフや選手とコミュニケーションスキルを活用し「専門的知識」や「対他者の知識」を高めていきます!


【参考文献】

  • Becker, A.J. and Solomon, G.B. (2005) Expectancy Information and Coach Effectiveness in Intercollegiate basketball. The Sport Phycologist, 19:251-266.

  • Côté, J. and Gilbert, W. (2009) “ An Integrate Definition of Coaching Effectiveness and Expertise. “ International Journal of Sports Science and Coaching, 4 (3) : 307-323.

  • 文部科学省, 新しい時代にふさわしいコーチングの確立に向けて 「グッドコーチに向けた7つの提言」

  • 植田恭史 (2004) コーチング研究[Ⅲ], 学生アスリートのコーチングにおけるコミュニケーションスキル, 東海大学紀要 体育学部, 23 : 29-34 .

  • 厚生労働省 e-ヘルスネット 「知能指数 / IQ」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-040.html

  • ダニエル・ゴールマン, リチャード・ボヤツィス, アニー・マッキー, 土屋京子 訳, 「EQリーダーシップ」2002, 日本経済新聞出版社 .

  • 高木英樹, 真田久, 坂入洋右, 嵯峨寿(2006)スポーツマンに必要な人間力とは何か?, 大学科学研究28 : 33 – 42 .

 (長久保健太郎)■

閲覧数:772回0件のコメント

Comments


bottom of page