S&Cコーチがアスリートのリーダーシップ開発をしていく論文に対する、日本のS&Cコーチからのコメント3日目です。1日目はJTマーヴェラスの山内さん、2日目は早稲田大学ラグビー蹴球部の村上さんからのコメントを紹介しました。そして今日は、先日の大学選手権で早稲田大学と決勝を戦った明治大学ラグビー部でS&Cコーチを務める藤野さんからのコメントを紹介します。
藤野さんからのコメントに入る前に、今回初めて訪れた方のために関係する記事へのリンクを貼っておきます。
コメンタリー:山内さん(JTマーヴェラス)、村上さん(早稲田大学ラグビー蹴球部)
それでは藤野さんからのコメントをどうぞ。
はじめに
明治大学ラグビー部でストレングス&コンディショニング(S&C)コーチをしている藤野健太(フジケン)です。先日の大学選手権では決勝で、私が所属しているバイタルストレングスの村上貴弘氏が指導する早稲田大学ラグビー蹴球部に敗北し、コーチングの難しさと同時に楽しさも改めて実感しています。
大学を卒業し大学院の進学を考えているとき、当時女子バレーボール日本代表チームのS&Cコーチをされていた甲谷洋祐氏に日本体育大学の伊藤先生を紹介され初めてお会いしました。当時はあまりコーチングに興味がなく、どちらかというとバイオメカニクス的な研究に興味を持っていたのを覚えています。伊藤先生と会話をしていくなかで、徐々にコーチングに興味を持ち、日本体育大学大学院コーチング学系に進学することになりました。大学院修了後は3年間コーチング学系の助教を務めさせていただきました。伊藤先生とは今もオフ期間中やこのような機会を通して交流し、一緒に学ばせていただいています。
今回の記事のもとになった論文「ストレングス&コンディショニングセッション中にアスリートの変革型リーダシップ行動を増加させる戦略」を読んで感じたことや明治大学ラグビー部での取り組み、そして今後取り組んでいきたいことなどを紹介したいと思います。
明治大学ラグビー部での取り組み
1. ノートを介したコミュニケーション
明治大学ラグビー部には現在93名の部員がおり、1日のトレーニングセッションはおよそ4回から5回です。基本的に全員がトレーニングセッションに参加しますが、細かいところまで指導が行き届かないのが現実です。そこで少しでも選手のことを知ろうと全員にノートの記載をしてもらっています。ノートには選手のウェイト重量のみでなく、その日感じたことや、他愛もないできごとなども記載可能になっているので、良いコミュニケーションのツールになっているかと思います。選手との相互作用を円滑にし、個別化を実現する非常に有効なツールである一方で、毎日93冊のノートに目を通し、一つずつコメントをするのはかなりの労力をしいられます。
2. 1日1回は必ず話かけるルール
全員に必ず1日1回は話しかけるルールを私個人の中で設定しています。フォームに関するフィードバックや、大学生活でのできごとなど、全員にかならず1回は話しかけるようにしています。これは一昨年より開始したのですが、どんな内容でもいいので会話をすることで、選手の身体的・精神的な状態を知ることができます。またこれを継続することで、以前は話しかけてくれなかった選手が積極的に会話に参加してくれるようになったと感じています。会話の中で感じた選手の疲労感や傷害の有無などをコーチとも共有することで傷害予防にも繋がっていると感じています。このルールを自分の中で設定してから、選手との関係性はかなり良くなったと自負しています。選手の特徴や性格など、会話の中から得られる情報は非常に重要であると実感することができました。
3. ウェイトルームリーダーの設置
明治大学ラグビー部では、去年から、役割や責任を持たせることを狙って4年生の全員がなにかしらのリーダーに任命されています。ウェイトルームリーダーを4年生の中から2名選出し、毎日の掃除やウェイトルームの使い方の指導などを、その2人を中心に行ってもらっています。ただ、今振り返ってみると、ウェイトルームリーダーに任命した2人には一方的に私が伝えたいことを伝えるのみの一方通行の意思伝達になっており、選手が進んで役割や責任を全うしていたかというと疑問が残るような気がします。
論文を読んで来年度取り組んでみたいと思ったこと
1.選手により自律した環境でトレーニングしてもらう
自身がコーチング学系で学習したアスリート主体のコーチングですが、勝利を常に求められる現在の環境では、徐々にコーチ主体に変遷していったように思います。コーチにとって選手に決定権を与えることは非常に不安なことでもあります。選手に任せて、しっかりとやってくれなかったらどうしよう、あまり良くないセッションになったら嫌だな、など様々な考えが頭の中によぎり、今まで実践することができませんでした。今回の記事を読み、また山内さんと村上さんのコメンタリーを読むことで、来年はもっと選手たちに任せてトレーニングをやってみようという考えに至りました。クエッショニングを始め今まで学んできた選手主体の環境を構築してみようと思います。
2. ペアコーチング
今回の記事を読んで改めて選手に責任と役割を持たせることの重要性を感じました。そこで来年度はあらかじめウェイトの際にペアを決めておき、お互いに教え合う環境を作りたいと感じました。事前に組むペアを決めておき、トレーニング中に「今のスクワットどうだった?」や「君ならどう改善する?」などのクエッショニングを使用してペアでのコーチングを円滑にしていければと考えています。最初は選手も慣れておらず、クエッショニングの回答や互いに教え合う環境に慣れるまで、時間がかかるかと思いますが、めげずに継続していきたいと思います。
3. ウェイトルームリーダーが主導するセッションを作る
記事にもありますが、選手がトレーニングセッションをリードする機会を作りたいと考えています。あらかじめ指名したリーダーにウェイトメニューの決定やフォームの指導をリードする機会の提供を考えています。具体的にはウェイト前のウォーミングアップや細かいテクニック習得を行うセッションの際に、リーダーに前にでてきてもらい、エクササイズの説明、エクササイズのポイント、そしてデモンストレーションを実施してもらおうと考えています。選手が互いに教え合う環境が一般的になれば、上記のペアコーチングも徐々に当たり前のことになるのではと考えています。
最後に
つい先日行われた大学選手権決勝、対早稲田大学戦での敗北と、今回の記事を受けて改めてS&Cコーチとして気づかされることが多かったように思います。今までは、選手主体を装いつつも、最後は私自身が決定する機会が多く、本当の意味で選手が自己決定する機会はほとんどありませんでした。今回の記事を通して、選手がリーダーシップをとり、自己決定する重要さを気がつかせてもらえる機会になったと思います。選手にセッションを任せ、決定権を与えるのはコーチとしても不安な点が多いかと思いますが、これを機に思い切って、そのような機会を与えてみたいと思います。もし、おすすめの選手主体の環境を構築する方法があれば是非教えて頂ければと思います。
そして来年は早稲田大学に勝利し笑って最後を迎えられるよう努力したいと思います!!
(日本体育大学大学院コーチング学系2期生 フジケン)
これもまた興味深いコメントでした。藤野さんは大学院生、そして助教としてアスリートセンタードコーチングを研究するチームで5年間活動を続けていました。そのような藤野さんでさえも、ずっぽりと競技スポーツの世界に浸かると、学術的観点から考える好ましいと思われるコーチングの実践が難しいということが、振り返りからよく読み取れました。その点を大学や大学院で未来のコーチングを考える我々のチームはしっかりと受け止めなくてはならならないと思います。理想を語るだけではなく、実際に現場のコーチたちと一緒になって考え悩み、失敗や成功を共に感じるようなやり方が必要なのだろうと改めて思った次第です。
藤野さんが次の実践で何を変えてみるか、自身のパーソナルゴールが具体的に出てきているところも素晴らしいと思いました。まさに、藤野さんが大学院生時代に挑戦したクエスチョニングがテーマとしてあがっています。藤野さんの大学院での挑戦の一部は「藤野健太, 和田博史, 山内亮, 根本研, 関口脩, & 伊藤雅充. (2017). アクションリサーチを用いた Questioning スキルの熟達: ストレングス & コンディショニングコーチに着目して. 体育学研究, 62(1), p.187-201」でみることができますので興味ある方は是非チェックしてみてください。そのうち、ここでも記事として扱ってみたいとは思っています。
来年の大学ラグビーがまた面白くなりそうです。表舞台でのぶつかり合いだけでなく、その背後でどのような取り組みが行われているかを知ることで、観戦時の新しい楽しみが増えますね!(伊藤雅充)
一連記事のリンク(2020年6月8日追加)
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