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執筆者の写真伊藤雅充

「高校球児が求める指導者像」を読む




 今回は、我々の研究室で行った研究で、野球科学研究第2巻に掲載された「高校球児が求める指導者像」を紹介します。この研究を行ったのは、2017年に1年間、私たちの研究室に内地留学した現役高校教員の直井勇人さん(静岡県)です。この論文は野球科学研究のサイトから手に入れることができます。


 高校野球が大きな盛り上がりを見せる一方で、指導者による体罰や選手の健全な成長を阻害する様々な問題が発生してきた事実があります。桑田ら(2010)が行ったプロ野球選手を対象にした研究では、選手の47%が高校時代に「指導者から体罰を受けたことがある」と答え、31%が「怪我を我慢してのプレーを強要された経験がある」、25%が「指導者や先輩からやらされていた野球だったと思う」と答えていました。今後、高校野球文化の更なる発展や高校球児に対し、よりよいコーチングを提供するためには、高校野球指導者の資質能力の向上が不可欠だと言えます。


 効果的なコーチングを行うためには、その場の状況にあわせて専門的知識、対他者の知識、対自己の知識を駆使していく必要があると言われています※(Côté & Gilbert, 2009;ICCE他, 2013)。プロ野球選手として野球をプレーする専門的知識が豊富であったとしても、必ずしも優れたコーチになることができるとは限らないのは、コーチにはプレーヤーとは違った知識が必要となるからです。

 その一つが選手と良好な関係を築いていく対他者の知識ですが、コーチ側の一方的な思い込みで、一方向性の意思伝達を行っている状態では、良好な関係性を築くことは困難です。良好な関係性を構築していくためには相手が何を思っているのかを知ろうとすることがとても重要ですが、日本のスポーツ集団の特徴として「指導者は家長的な権威を持ち、成員はそれに逆らえない状況にある」(阿江、2000)というのもあり、選手が指導者に対して自分が何を思っているのかを本音で発することはかなり難しいということも頭に入れておく必要があります。そこで高校野球の指導者でもある直井さんが考えたのが、高校球児に「どのような指導者を求めているのか」を研究としてダイレクトに聞いてみようということでした。


(※注:ここでいう「知識」は「知っていること」と「できること」を含んだ意味で使っています)


 直井さんは、公立高校32校、838名の高校球児を対象としてオンラインアンケート調査を行い、

「あなたはどのような指導者に教わりたいですか?」

「あなたはどのような指導者に教わりたくないですか?」

という質問を自由記述方式で投げかけました。 838名の高校球児に回答を依頼をしましたが、実際に回答をしてくれたのは37%にあたる310名でした。そのうち有効回答率は78%でしたが、膨大なデータが集まり、次のような結果が得られました。


教わりたい指導者

  • 活気にあふれた性格をしている

  • 温かみのある性格をしている

  • 誠実な性格をしている

  • 理性的な性格をしている

  • 選手の理解が深まる指導を心掛ける

  • 豊かな専門的知識がある

  • 選手との良好な関係性の構築を心掛ける

  • 選手の動機が内在化するように支援を行う

  • ポジティブな雰囲気を作り出す

  • 人間性を高める指導を行う

  • 厳しさと優しさを効果的に使い分ける

  • 指導に偏りがない

  • 質の高い練習を行う

  • 心身の状態に配慮する

  • チーム力を最大化させることができる

  • 選手の能力を最大限に高めようとする


教わりたくない指導者

  • 不誠実な性格をしている

  • 活気のない性格をしている

  • 感情的な性格をしている

  • 温かみに欠けた性格をしている

  • 選手の動機の外在化を促進させる

  • 選手の理解を促進させる指導ができない

  • 指導に偏りがある

  • 選手との良好な関係性を構築できない

  • 専門的知識が乏しい

  • チーム力を最大化できない

  • ポジティブな雰囲気を作り出さない

  • 心身の状態に配慮しない

  • 室の低い練習を行う

  • 指導に甘さがある

  • 精神主義的な考え方をする

  • 人間性を高める指導をしない

 教わりたい指導者像と教わりたくない指導者像で得られた回答を突き合わせてみていくと、選手自身の競技力向上のために指導力のある指導者を求めていることが見えてきました。得られた回答数をみると、【選手の理解が深まる指導を心掛ける】が教わりたい指導者のトップで、対にあると考えられる【選手の理解を促進させる指導ができない】は教わりたくない指導者の3番目にランクインしていました。

 また、【活気にあふれた性格をしている】【選手との良好な関係性の構築を心掛ける】【温かみのある性格をしている】が教わりたい指導者の2、3、5番目の多さであったことから、明るさや親密さなどをもとにした指導者との良好な関係性を求めていることが読み取れます。逆に教わりたくない指導者のほうで、【不誠実な性格をしている】【活気のない性格をしている】【選手との良好な関係性を構築できない】が上位にランクインしていることも、選手が良好な関係性を求めていることを示しています。

 教わりたくない指導者像の中で最も言及数が多かったのが【選手の動機の外在化を促進させる】でした。対になる【選手の動機が内在化するように支援を行う】は教わりたい指導者の中では6番目に入っていました。選手の主体的な取り組みを大切にしてくれること、そのための適切な支援を指導者に求めていると考えられました。


 多くの回答を得た内容から考えると、高校球児は、選手の競技力を向上させる確かな指導力を有しながらも選手の主体的な活動を支援し、明るさや愛情を持って選手と接し、親密な関係を築いてくれる指導者に教わりたいと思う傾向があり、インテグリティに欠けた指導者には教わりたくないと思う傾向にあるといえました。


 論文中では、得られた結果に対して、他にもさまざまな観点から議論をしています。もちろん、この研究にも多くの制限、課題はあります。上でおこなった議論は、数が多く得られた意見についてまとめたもので、実は一つしか得られていない回答がとてつもなく大きく重要な問題を含んでいる可能性もあります。競技レベルによって求める指導者像が異なる可能性も充分にあります。しかし、そのような制限はあったとしても、普段容易に知ることができない高校球児が抱く指導者像の要素についてのぞき見することができたことには意義があると思います。この研究の結果が少しでも高校野球指導者と高校球児の関係性の向上に、さらには高校野球文化の発展に貢献できれば幸いです。


 

参考文献

  • 阿江美恵子(2000)運動部指導者の暴力的行動の 影響:社会的影響過程の視点から.体育学研究, 45(1): 89-103.

  • Côté, J. & Gilbert, W. (2009) An integrative definition of coaching effectiveness and expertise. International Journal of Sports Science and Coaching, 4(3): 307- 323

  • International Council for Coaching Excellence, Association of Summer Olympic International Federations. & Leeds Metropolitan University. (2013) International Sport Coaching Framework Version 1.2. Human Kinetics: USA.

  • 野老稔・坂井和明(2005)コーチングスキル構築 のための基礎的研究:体育系女子大学生が描く 理想的なコーチ像を手がかりに.スポーツ方法 学研究,18(1): 11-22.

  • 桑田真澄・川名光太郎・間仁田康祐・平田竹男 (2010)アマチュア野球の抱える課題に関する 研究―現役プロ野球選手に対するアンケートを もとに―.スポーツ産業学研究,20(1): 91-95. ■

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