以前にも紹介したRoutledge Handbook of Sports Coaching から、「実践と勉強を通してハイパフォーマンスコーチングの高度なワザを磨く(Developing High Performance coaching craft through work and study, by Mallett, Rynne, and Dickens」の日本語訳を記事にしてみたいと思います。
(文中に図37.1というのがでてきますが、現在私が海外出張中でその図を載せられなかったため、後日掲載するようにします。)
はじめに: 背景と目的
オリンピックなどの主要な国際競技大会で世界最高のパフォーマンスを発揮するためにエリートアスリート達が行っている探求では、通常素質あるアスリートに対戦相手よりも優れた準備(例えば身体的、精神的、戦術的に)を行うことが必要である。スポーツにおいて成功したいという願望はますます国際的なものになってきており、卓越を求めていく重要な要素となっている。ハイパフォーマンスコーチ達は、優れたエリートアスリート育成の中心的な存在であると考えられている(Lyle 2002)。これらのコーチは通常、国際的な栄光を掴むというアスリートの(そして国家の)目的を達成するためのコーチングプロセスを先導したり管理したりするといわれている。ここで重要な問いかけをする。
(1)どのようにしてコーチはアスリートの卓越追求を導けるのか
(2)ハイパフォーマンスコーチは彼らのワザをどのようにして学ぶのか
本章の目的として、私たちは二つ目の問いにより興味を抱いている。コーチの育成は、ハイパフォーマンススポーツコーチングの質を向上させ(Mallett et al. 2009)、次いでコーチングを受けるアスリートの経験を改善していく(Armour 2010; Mallett 2011)鍵となる。したがって、ハイパフォーマンスコーチの能力向上はコーチ−アスリート−パフォーマンス関係を最適化していくことの中心となる(Mallett 2010)。ハイパフォーマンスコーチがどのように学んでいるのかを調査した研究の知見は、将来の発展の機会を示してくれる。特に、学習のフォーマル(公式学習、例:大学や高等教育)、ノンフォーマル(公式外学習、例:カンファレンスやワークショップ)、インフォーマル(非公式学習、例:コーチの仕事、ソーシャルネットワーク)形態を適切に融合することで、コーチの継続的専門能力向上に有意義な貢献をすることができる。本章では、ハイパフォーマンスコーチ育成について考える。特に私たちの議論は2つの重要な鍵となる「領域」のまわりで展開することになる。そのひとつはコーチの発達が起こっているといわれているコーチングの現場であり、とても競争が激しく、複雑な環境である。そしてもう一つがここ最近、スポーツコーチングを研究する大学(第3次教育、もしくは高等教育)プログラムに従事することを通して行う領域である。
最初のセクションでは、コーチが行うことをみていくことで、この仕事の多面性を強調するだろう。2つめのセクションでは、ハイパフォーマンスコーチの成長の源に関する文献のレビューを行い、2つの重要な学びの源、つまり現場(インフォーマル)での学びと大学教育(フォーマル)を通しての学びについて強調するだろう。この議論は私たちが知っていることと、私たちが現在有している知識や理解の限界とは何なのかを示してくれるだろう。3つめのセクションでは、将来に向けた問いかけに関する考えをいくつか示している。それらは理解を探求し促進させるための研究や方法論に関する理論や概念である。さらに、研究と理論を実践に翻訳していくための考察を行うことで、ハイパフォーマンスコーチ育成に責任ある人に実践的な利益を幾分か提供するだろう。最後に、ハイパフォーマンスコーチ育成に関するまとめのコメントをすることで、鍵となる洞察や理解を提示するだろう。
ハイパフォーマンスコーチの仕事
これまでに言及されていたように、コーチはアスリート育成に影響を与える大きくユニークな可能性を有している(Côté et al. 2010)。この影響と関係しているのが、ハイパフォーマンスコーチの育成がコーチ−アスリート−パフォーマンスの関係を向上させるための中心的課題であるという概念である(Lyle 2002)。アスリートのパフォーマンスにコーチが大きな影響を与えていることを考えると、スポーツコーチ達に長い間興味が持たれてきたことは驚くことではない。まさに、コーチングに関する実証的研究の大部分はコーチが何(つまり、彼らのコーチング行動)をするのかに関係するものであった。この手の研究は1970〜2001年に発表されたコーチングに関する全文献の75%にまでのぼっていた(Gilbert 2002)。この情報は確かにコーチの行動についてのいくつかの基本的な理解を提供してくれることは確かであるが、還元主義的で主に行動主義者の伝統による情報に基づいている。適切な行動のレシピ−はコーチの仕事を過度に単純化してしまい、コーチの役割を‘テクニシャン’のものに減らしてしまう危険性がある。さらに、この見方では、「他のやり方もある」ということを見逃してしまうこともあり、実際に、現代のハイパフォーマンスコーチングの仕事を構成するものには大きな差があるのだ(Mallett, 2010)。ハイパフォーマンスコーチングの仕事が単純でないことは明白である。それは動的なプロセスであり、多くの変数の相互作用があるため、研究者達にハイパフォーマンスコーチングの仕事は「構造化された即興」(Cushion et al. 2006)であると表現させ、「混沌とした」性質(Bowes & Jones 2006)を浮きだたせるに至った。コーチングに本質的にみられる複雑さと動的さを認めることが研究者達を質的な方法(例:エスノグラフィー)を用いることに向かわせた。そのような仕事と結果として出てきた理論化によって、コーチングを構成するものについてより本質的な説明に導かれた。これら、コーチングのより完全な描写が行われた結果、コーチングの種類を区別することが可能になってきた。この章では、ハイパフォーマンススポーツコーチングに焦点をあてる。ハイパフォーマンススポーツコーチングではコーチングの他の形態とは違って、最高レベルのアスリートとコーチのコミットメント、公的なパフォーマンスの目的、プログラムの開発と導入に対する徹底的なコミットメント、高度に組織化され公式化された競技会、典型的にはフルタイムで仕事、意思決定とデータ管理が大きく強調、広範な対人関係、とても過酷で限定的なアスリートの選抜基準などが含まれる(Lyle 2002; Trudel & Gilbert 2006)。このセクションでは、ハイパフォーマンスコーチングの仕事を取り囲むものを議論するモデルを提案する。
コーチの仕事をこのような方法(例:還元主義的に)で描写することに伴う限界はあったとしても、もし私たちが‘実践と勉強の中で、そしてそれらを通しての学びを続けるとしたなら、それは実証的研究に基づいたコーチングの研究を必要とすることに関する、少なくとも何らかの意味あるリファレンスポイントを提供することになるのだと感じている。カテゴリー化は十分に広いため、コーチングという仕事の「混沌さ」のいくらかを収容できるが、この複雑さが図37.1にある外見的には整った表し方によって曖昧にされがちである。同様に、モデルの使い勝手は、モデルを2次元で表すことで制限を受けてしまう。コーチングという仕事が必要とするものを明確にしようと、多くの研究者がコーチングの仕事をカテゴリー化しようとした。私たちはLyle(2002)とMacLean & Chelladurai (1995)から図37.1を作成し、5年以上にわたってオーストラリアスポーツ機関やアカデミー(AIA)のコーチ40人以上から集めたデータを組み込んだ(Rynne& Mallett,印刷中)。MalLean & Chelladurai(1995: 199)によって述べられている直接的なタスク行動のカテゴリーは、‘個々のアスリートやチーム全体としてのパフォーマンスを向上させるために用いる、対人関係のスキルと適切な戦略および戦術を用いること’とされている。この点でLyle(2002)の直接介入コーチング役割記述子にやや似ているところもある。両者の目立った違いといえば、前者にはプランニングとプログラミングが含まれているのに対して、Lyle(2002)の概念ではプランニング活動は別のカテゴリー(介入支援)に分類されている。我々はプログラミングを別のカテゴリーにすることにした。プログラミングはアスリートのパフォーマンスに密接に関係はしているが、それが行われるのは直接的なコーチングコンテキストとは異なる時間や場所だからである。実践的なコーチングのワザの一部として、‘現場での’プログラムに修正を加えることも考えられる。
MacLean & Chelladurai(1995)の間接的タスク行動の定義はかなり狭い。我々は広い概念を提示し、プログラムの成功に間接的に貢献する活動の指示を与える(MacLean & Chelladurai 1995:199)と仮定すると、既存のタレント同定の要素を含むが、プログラムとサポートスタッフのマネジメント、科学の活用、プログラミングを含むように包含する範囲を広げることも正しいように思える。運営上の保守管理行動は、全体の事業の運営力を強固なものにするように、政策、手続き、予算ガイドラインを順守することや、スーパーバイザーや仲間との対人関係を大切にすることを意味している(MacLean & Chelladurai 1995: 199)。いくつかのAIAでのオペレーションが政府、そして官僚的な性質を有していることを考えれば、この側面はこのモデルの特に強いところである。他のモデルではコーチングの仕事のうち、この側面を過小評価したり無視したりしていることもある。MacLean & Chelladurai (1995: 199)による公的な関係に関する行動の記述は、自分のプログラムと関係するコミュニティや仲間集団との間のつなぎ行動としている。我々はこれらの項目の認知された意図をAIAの環境に適用しようとした。それを行う中で、多くの帰納的カテゴリーを含んだ。AIAを代表するステークホルダーとのつながりや他との共有を含めた。コーチングの仕事の要素の全ての相互作用(図37.1の右端のほうでつながることで大まかに示されている)は、騒然とした社会でのAIAコーチの機能が、彼らがどう相互作用するのか、彼らが何に注意を向けるのか、どのようなタスクに従事するのか、そして何をどのように学ぶのかに影響を与えるのだろう。
何かの代表チームのコーチングは、それ以外のコーチングとはまた違ったスキルが必要になる場合があります。JOCは代表チームのスタッフとなる人達向けにアカデミーを運営し、日本スポーツ協会が提供する公認資格にプラスアルファする形で、代表チームをコーチングしたり引率したりする場合のスキルセットを提供しようとしています。勘違いしてはならないのが、ハイパフォーマンスコーチだけが特別なわけではなく、その文脈に合わせたコーチングが求められるということです。
不定期にはなりますが(連続かもしれませんが)、これから数回に分けて、この章をもとにいろいろ考えてみたいと思います。(伊藤雅充)■
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