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2020年度前学期 体育学部スポーツトレーニング論B  第10回

バイオメカニクス的考察(重心・姿勢の安定性・フットワーク)

 第10回目の授業を始めましょう。前回からバイオメカニクスの知識をスキル改善に役立てることを目的とした授業を展開しています。今日の授業では重心、姿勢の安定性について扱い、関連してフットワークに関する分析を紹介します。

 

重心

 みなさんは「重心」という言葉を何度も聞いたことがあると思います。スポーツの場面でも「重心を落とせ!」といった表現が普通に使われています。簡単に使っているものの、この重心とは何なのか、まずそれを学びましょう。

 重心は英語ではCenter of Gravityと言います。直訳すると重力の中心です。みなさん、自分の体で考えてみましょう。体を頭部、手、前腕、上腕、体幹、大腿、下腿、足に分けて考えると、それぞれの部分に重力が働いており、それぞれが地球の中心に向かって引っ張られていますね。それぞれに働く重力を一つにまとめた合力の作用点を重心と呼んでいます。 

 ちょっと簡単な実験をやってみましょう。あまり形の変わらないものを用意してください。どこでも摘まめるものが都合良いと思います。任意の場所を軽く摘まんでぶら下げてください。そして摘まんでいるところから鉛直方向(地面に垂直)に線を引いてください。また別のところを持って同じことをします。何度かそれをやってみてください。何が分かりますか? 引いた線がある一点を通ることに気付きます。その点が重心です。その物の形が変わらなければ、ヤジロベエのように重心の真下を支えれば、バランスがとれると思います。

重心の位置がどこにあるのかを読み取る能力は、スキル指導をするうえでとても重要なものとなります。このあと説明する姿勢の安定性を初め、さまざまなところで出てきますので、どういうものなのかはしっかりと把握しておきましょう。

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図1 重心の説明

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図2 スポーツ場面での重心

 普通に直立姿勢をしているとき、人間の重心はおへその辺りにきますが、手足の位置関係を変えることで、重心はいろいろ動きます。固定されたある点ではないことに注意してください。スポーツ場面の重心の位置をいくつかの例でみてみましょう。直立姿勢ではおへその高さで、背中とお腹の真ん中くらいに重心があるのですが、図2のaのように壁にもたれかかるような姿勢をとると、重心はお腹のほうに移動します。bのように脚を挙げた状態だと、重心の位置も上がります。cではお尻のほうにいきますし、dでは胸の辺りまで重心の位置が移動することがわかります。体操競技の跳馬を例にとると、宙返りしているときに重心は体の一定の位置にあるのではなく、いろいろ動いています。体の形が変わっても重心は放物線を描いているところも面白いところですが、話が複雑になってはいけないので、深くは触れません。今は重心の位置のみに焦点をあてましょう。

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図3 跳馬のときの動きと重心

 跳馬の例で気付いた人もいると思いますが、重心は必ずしも体の中にあるとは限りません。走り高跳びの重心位置をみてみましょう。背面跳び(フォズベリーフロップ)では重心が身体の外にあります。これが背面跳びがはさみ跳びなどよりも高く跳べる理由でもあります。たとえ、重心をバーより高く上げることができなくとも、やり方によってはバーを超えられるのです。

 バスケットボールのリバウンドを例に重心の高さ(ジャンプ高)と手が届く位置の関係をみてみましょう。同じ体格の人が同じ高さまで重心を上げた(ジャンプした)としても、そのときの手足の位置関係によっては、より高いところに手を届かせることができます。

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図4 走り高跳びの重心

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図5 バスケットボールのジャンプの動きと重心

姿勢の安定性

 重心の位置がとても重要となる例として、姿勢の安定性についてみていくことにしましょう。みなさん、まず考えてみてください。安定する姿勢とはどういう姿勢でしょうか。たとえば、立った状態で、誰かに押されたとしても転ばない安定した姿勢をとろうとすれば、どのような姿勢になりますか。電車の中で立っていて、つり革も手すりも持てない状態であったとき、みなさんはどのような姿勢を取りますか。

 これから説明することは、みなさんが自然に姿勢を安定させるために行っていることだと思います。立った状態を維持しようとすれば、おそらくみなさんは足を開く(スタンスを広く取る)こと、そして姿勢を低くするのではないでしょうか。この二つは姿勢を安定させるために必要な条件なのです。専門的な言葉で言うと、基底面を広くすることと重心を低くするとなります。それにもう一つ、重いということも姿勢を安定させるには重要な要素となります。基底面とは図にあるように、立った状態であれば体を支える足で囲まれるエリアのことを言います。

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図6 基底面と姿勢の安定性

 基底面を広くするほうが安定するのはなぜかを考えてみましょう。図7のモデルをみてください。aとbのモデル、両方とも基底面(地面と接する面の面積)は同じです。しかし、aのほうが上のほうに付属物が付いていて重心も高く、bのほうが付属物が下の方に付いているので重心も低くなります。バランスがとれている状態というのは、この重心から鉛直方向(真下)に向かって描かれる重力の方向を表す直線が、基底面内に落ちているときに実現されます。基底面の外にこの線が出る(つまり重心が基底面の外へ出る)と転倒してしまいます。重心の位置が高いaでは少しの傾きで、重心が基底面の外へと出てしまいますが、bのように重心が低い場合には、aよりも倒れたとしても重心が基底面内により留まるために、転倒しないのです。

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図7 重心の高さと姿勢の安定性

 極端な例として片手での倒立姿勢を考えてみましょう。片手で倒立しているので、基底面はとても小さいのですが、体の位置関係を工夫することで、重心を基底面の上に維持し続けられれば、倒立が成立します。みなさんも倒立に挑戦したことがあるでしょう。部活で倒立歩行をトレーニングとして行っている人は、その場面を想像してみてください。自分の重心の位置と基底面の関係はどのようになっているか、考えてみましょう。自分が倒立をするときだけでなく、みなさんが教師として倒立を指導するときにも、この知識を持っているかどうかで指導の効果が変わってきそうです。みなさんは将来、目の前の生徒のパフォーマンスを重心と基底面の関係で分析できるでしょうか。

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図8 片手倒立姿勢の基底面と重心

 3つめの安定性の要素として挙げた「重い」という条件ですが、体重が重いお相撲さんがの姿勢が安定するのをみれば特に説明する必要はないかと思います。しかし、みなさんがスポーツをする際に、急に重さが増したり減ったりすることはありません。したがって、スポーツパフォーマンスにおいて姿勢の安定性を考える際には基底面と重心の位置の関係をみていくことになります。

 では、もう少し話を進めます。姿勢の安定性をコントロールするには基底面と重心の位置の関係を考えていくことが必要だと説明しました。それでは、人間のもっとも安定する姿勢とはどのようなものでしょうか。片足立ちよりも両足立ち、両足立よりも四つん這いのほうが安定しますね。基底面も広くなりますし、重心も低くなります。もっと重心を低く、基底面を広くしていくと・・・寝ている状態になります。レスリングや柔道で腹ばいになっている状態はとても安定している状態だと分かると、腹ばいの選手にどう技をかけて動かしていくのかという観点で試合が観られて面白いかもしれません。

 こう聞いていて不思議に思うことはないでしょうか。止まっているスポーツなら安定も重要だろうけれど、私のスポーツはとても動的なのだと・・・。そうなのです。これまで話をしてきたのは、比較的静的な状態の安定性であって、ダイナミックな動きをどう安定的に行うのかは、また違った観点が必要になっています。動的な状態では、動作が安定しているときに重心は必ずしも基底面の上にあるわけではありません。たとえばバスケットボールやラグビーなどのカッティング動作をイメージしてください。左方向へのカッティングをする際に、右足を外にしっかり踏み出して重心は内側(左方向へ)残しておきますね。明らかに基底面の上に重心はありません。この場合にはもうちょっと複雑な考察が必要になります。足から地面にかけている力(と地面反力)と重心の運動との関わりで考えなくてはなりません。

 さきほど、レスリングや柔道の腹ばいの状態について話題を出しました。腹ばいの状態になると、その選手は安定し、対戦相手からすると動かし難い状態となっています。しかし、この状態、自分が安定しているということは、自分も次の行動を素早く起こすのには不利な状態となっています。ダッシュトレーニングをするときに立位からやるよりも、寝転んだ状態から起き上がってダッシュするほうが大変です。安定しすぎると動的な状態を作り出すまでに時間や労力を要するのです。安定と不安定の切り替え、もしかすると、この切り替えもスポーツパフォーマンスでは重要な観点になってくるかもしれません。

 陸上競技短距離のスタート動作を思い浮かべてみてください。「位置について」で両手両足の位置をセットし安定する状態を作る準備をします。「用意」の合図で腰を高くあげ(重心を高くし)、先ほどよりもやや不安定な状態を作ります。位置についてから用意にかけては基底面の広さは変わりません。用意で重心の位置は高くなったものの、重心は基底面の内側にあります。そして号砲に合わせて両手の支えを外します。それまで4点で支持することで安定していた身体は、いきなり不安定な状態になります。基底面が一気に小さくなり(両足の部分のみ)、重心は一瞬で基底面の外に出てしまいます。するとどのようなことが起こるでしょうか。放っておけば、重心が下がり始め、足で支えているところを回転の軸として、体が回転し、地面に崩れ落ちてしまいます。そのときわずかですが、進行方向の力を得ることができます。タイミング良く、スターティングブロックを蹴り、体が回転して地面に崩れ落ちる前に、前方向への推進力を一気に得て大きな加速度で加速をします。

 野球の走塁も類似した分析が可能です。また、分析だけで止まることなく、スキル指導に役立てることもできます。一塁にランナーがいます。二塁に向かって走り出すとき、このランナーはどのようなステップワークで走り出すでしょうか。みなさんならどうしますか。一塁側に左足、二塁側に右足をおき、ピッチャーが投げた瞬間に走り出します。二塁方向へ走り出すので左足でしっかりと蹴って右足を一歩目として二塁側に踏み出すという人もいれば、右足はそのままで左足をクロスオーバーさせて走り出すという人もいます。また、右足を一塁側に少し引き寄せてから左足をクロスオーバーさせるという人もいるでしょう。3つめの方法は、陸上競技のスタートの原理と少し似ています。基底面をやや広めにとっていたところから、進行方向の足の支えを外します。すると一塁側においてあった左足を軸に二塁方向+地面方向に向かっての回転運動が起こります。二塁方向への推進力を残せるところまで右足を一塁方向へ引き、体が倒れず、かつ進行方向への力をうまく使うように左足をクロスオーバーさせて加速します。重心の位置と基底面の関係性、安定と不安定の切り替えといった観点を知っている指導者と知らない指導者では指導に大きな差が生まれてきそうです。ちなみに、進行方向とは逆方向へ一歩踏み出すステップをパラドキシカル・ファーストステップと呼んでいます。

フットワークに関する知識(テニスの例)

​ 今日は最後に、今日説明した内容を実際のコーチングに活かしていく例としてテニスのフットワークトレーニングの考え方について紹介します。ここで紹介する図は、伊藤(テニスは専門ではないが・・・)がテニスのコーチ向けに行ったセミナーで使ったものです。一つひとつを説明することはしませんので、内容をみて自分で重要なポイント等を読み取ってみてください。フットワークの考え方については、テニスに限らず、他の多くのスポーツにも応用可能な部分が多々あると思います。

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 科学的な知識を背景に、エリート選手らの動きを分析(この場合は量的というよりも質的な分析)し、一番最後のスライドにあるように、子どもの発育発達にあわせたテニス選手のトレーニングメニューの開発に役立てることができます。メニューだけでなく、実際に指導する際にも各ステップでの地面反力、重心位置、リズム、ステップ間の関係性など、さまざまな着眼点を持った上で指導にあたることで、より効果的な学習を促すことができるでしょう。

事後課題

​知識確認のためのクイズを行います。

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