2020年度前学期 体育学部スポーツトレーニング論B 第4回
練習の種類
みなさん、こんにちは。スポーツトレーニング論B(技)の第4回目の授業を始めましょう。今日のテーマは「練習の種類」です。
振り返り
みなさんは第2回の事前課題として、効果的なスキルトレーニングと効果的でないスキルトレーニングについて自分で考えました。第2回の授業のなかで、他の人の意見をたくさん読んで、自分と似通った考えを持っている人の意見をみつけたり、これまで全く考えていなかった意見を目にしたことでしょう。第2回の事後課題として、自分の意見と他者の意見をまとめて、効果的なスキルトレーニングのリストを作ってもらいました。
第3回の授業では典型的な運動学習理論について学びました。人がどのように運動を学んでいると考えられているのかについて解説しました。運動学習「理論」と言っているのには理由があります。第3回でみなさんが学んだ内容は、運動ができるようになっていくメカニズムを説明したひとつの理論であって、おそらくそうなっていると考えるのが妥当だろうと思われていることなのです。本当にそうなっているかどうかは実はまだはっきりとは分かっていません。典型的なといっているのは、この理論が現在の運動学習を研究している人達の間で最も受け入れられているものだという意味です。
ここまで読んできて、こう思った人もいるのではないでしょうか。他の理論ってどういうのがあるのだろうと。そこについては、別の考え方をひとつ、この授業の中でも扱いたいと思っています。じつはその考え方が私(伊藤)はとても気に入っており、そのほうが正しいのではないかと思っているのです。この話は第6回までとっておきたいと思います。
すぐに覚えられることと、なかなか覚えられないこと
今日の話は、典型的な運動学習理論の延長線上のことです。人間がある行為を上手くなっていくにはフィードバック回路を何度もまわす、つまり繰り返し練習が必要であることは、前回の授業で扱いました。実際にやってみることで、自分が理想とした動きや結果ができたのかどうかを評価(理想と実際の状態の比較)し、その差分をフィードバックとして脳に入力し、次の行動を少しずつ変化させていっていると考えられています。
物事を覚える際に、それほど繰り返しをしなくても、すぐに覚えてしまう場合がないわけではありません。逆に繰り返せば繰り返すほど覚えるかというとそうでない場合もあります。運動ではありませんが、英単語を覚えることを想像してください。一回出てきただけで覚えてしまう単語があるかと思えば、何回出てきても辞書を引き続け、「あー、この単語、前にも調べたよ!」と思い続けるものもあるでしょう。この差はどのようにして生まれてくるのでしょうか。自分の感情やニーズなどとうまく絡んだ英単語は記憶に残りやすいと考えられています。逆に、機械的に覚えなくてはならない場合には、もう繰り返しに頼るしかなくなってきます。
みなさんは人の名前を覚えるのは得意でしょうか。特に外国人の名前を覚えるのは私たち日本人にとって、そう簡単なことではありません。有名な映画俳優と同じ名前であればまだしも、文字で書かれてもどう読めば良いのか分からない人の名前は、記憶するのに困難を極めます。しかし、これも得意な人がいるものです。どうも、人の名前を記憶するのが上手い人は、それまでの自分の経験と関連付けて、はじめて聞いた名前も自分の中でMake Sense、つまり腑に落ちさせているようなのです。その人にとって無意味なものは、なかなか覚えづらいのですが、「あのとき、優しくしてくれた○○さんと同じ名前なんだ。雰囲気は全然違うけど!」のように自分の中に形づくられた何かと関連付けることで、その人のことが記憶に残りやすいとされています。
学習とは
さあ、運動の学習に話を戻しましょう。これを考える前に、「学習」をしっかりと定義づけておかなくてはなりません。まず、この質問に答えてください。
あなたはコーチです。これから、アスリートに新しいスキルにチャレンジしてもらいます。あなたはそのアスリートが「学んだ」ことをどのように判定しますか。
いかがでしょうか。ここで先を急がず、この問いにしっかり答えてみてください。できればノートに言葉として書きだしてみてください。
(先を急がず、しっかり考えてみましょう・・・)
学びを定義することは簡単ではありませんね。けん玉を例として思い浮かべましょう。あなたは、けん玉においては世界で最も有名なコーチです。あなたの所に、今まで一度もけん玉をしたことがない人がやってきました。その人に大皿に玉をのせる技をやってもらうことにしました。あなたはこの人が大皿に玉をのせる行為をコーチングするのですが、どうなればあなたはその人が玉を大皿に乗せる技を「学んだ」と判断しますか。それはなぜですか。対面式授業ができれば、小グループで「学びの定義」を明確な言葉でやってもらいたいところですが、今はそれはできませんので、自分でしっかり考えてみてください。
(先を急がず、しっかり考えてみましょう・・・)
その人にあなたが見本を見せてあげました。その後、その人は始めてけん玉を手にして、同じ事をやってみました。するとどうでしょう。なんと一回目に大皿に玉をのせることができました。さあ、あなたはその人がけん玉を大皿にのせる技を「学んだ」と表現しますか。
いやいや、それはいくらなんでも、学んだとは言えないのではないか。その一回が偶然だったかもしれない。次から二度と成功しないかもしれない。何回か繰り返してできないと学んだとは言えないのではないか。頭の中の自分とそのような会話をしているのではないでしょうか。では、何回中何回成功したら学んだと言えるのでしょうか。
このあたりの議論を続けても、きっとらちがあきません。いずれにせよ、一回だけできたからといって「学んだ」とは言わない、成功率何回できたら「学んだ」という定義はなかなか難しいということは共通認識としてもてるのではないでしょうか。実際問題、学習(Learning)は学習者の目に見えるパフォーマンス(Performance)によって評価されることがほとんどです。
では、練習を何回も続けた末に、けん玉を大皿にのせられなかったとしましょう。その人は結局何も学ばなかったと言えるでしょうか。ここでも難しい問題が生じます。パフォーマンスとして現れなかったとしても、実は学習は行われていたのではないかと思った人もいると思います。神経-筋系の機能としては、何らかの変化がミクロなレベルで起こっているのかもしれません。ますますこんがらがってきますね。
このように学習の定義は一筋縄ではいかないのですが、私たちはスポーツという外界に対して働きかけをしていく活動を扱っているのであり、やはり運動学習を考える際にはパフォーマンスの変化として表出して学習したと判断するのが良いように思われます。そこで、ここでは学習を「経験を通して起こる恒常的なパフォーマンスの変化」と定義しておきましょう。ただ偶然一回できたというのではなく、繰り返し成功するようにならないと学習したとは言えないという立場であることが「恒常的なパフォーマンスの変化」で表されています。
繰り返し練習の仕方
ブロック練習とランダム練習
繰り返し練習が学習、つまり経験を通して起こる恒常的なパフォーマンスの変化に重要であるということは既に話しました。繰り返しさえすれば学習は必ず起きるのでしょうか。繰り返しの仕方によって、より効果的な練習となったり、効果があまり表れなかったりしないでしょうか。これから、いくつかの典型的な練習のタイプを見ていくことにしましょう。
みなさん、紙とペンを1セット用意してください。紙は何かの裏紙で大丈夫です。少しお絵かき、あるいは漢字の練習をしてみたいと思います。ちょっと遊び気分で楽しんでみてください。全員が実際にやってみることが大切ですので、単に読み進むのではなく、実際にやってみてくださいね。実際にやった結果を写真にとって提出してもらいましょうか。
準備ができたらこの後の指示に従って絵(漢字)を描いて(書いて)みてください。使う手は非利き手にしましょう。
まずは「まる○、三角△、四角□、ハート♡」を非利き手で上手く描く練習をします。簡単すぎる人は今まで書いたことがない漢字を探してきてください!
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紙に○を10個描いてください。
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次に、紙に△を10個描いてください。
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次に、紙に□を10個描いてください。
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最後に、紙に♡を10個描いてください。
上手く描けたでしょうか。何となくですが、小学生の頃の漢字練習を思い出しませんか。漢字練習帳に何度も何度も同じ漢字を練習していく、あれです。
では、同じく○△□♡を別のやり方で描く練習をしてみましょう。ここでも先ほどと同様に非利き手で上手く描く練習です。
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紙に○△□♡をそれぞれ10回ずつ、順番はランダムに描いてみてください。
たとえば、○→△→□→♡→△→○→□といった具合に同じものを2回繰り返さないように描いていってみてください。できれば10回ずつがよいのですが、少しくらい何かが少なくなっても大丈夫です。
ここでみなさんに振り返りをしてもらいます。最初の同じものを繰り返すタイプの練習と2つめの同じ事を繰り返さないタイプの練習、どちらが○や△などを描く練習効果が高いと思いますか。自分が実際にやってみた感覚で答えてもらったので大丈夫です。何かで正解探しをするのではなく、自分の感覚を言葉で表現してみてください。
(思考タイム!)
両方の意見が聞こえてきそうです。このような練習の仕方の違いが練習の効果にどのような影響を与えるのか、これまでにもたくさん研究されてきました。そこでの結果が語っているのは、両方共に効果があるということです。ただし、面白いのが、練習を行ったあと、どの程度効果が残るのかを長い時間にわたって調べてみると、ちょっとした差が表れてくるということなのです。
前者は同じものを固まりで練習するのでブロック練習(Block Practice)、後者は同じ事を繰り返さないでランダムに練習をしていくということでランダム練習(Random Practice)と呼ばれています。ブロック練習とランダム練習の効果を比較した研究から、ブロック練習をした方が練習直後の効果が高いのですが、時間が経つにつれて効果が逆転してくるということが分かっています。同じ事を繰り返すとそのすぐ後に効果はあるが、その効果は長続きせず、ランダムに練習したほうが効果が長続きするということなのですが、とても面白いですね。
少し前に学習の定義をしましたね。そこでは、学習を「経験を通して起こる恒常的なパフォーマンスの変化」として捉えることを提案しました。この定義をもとに考えれば、ブロック練習よりもランダム練習のほうが学習効果が高いということになります。なぜ、このような現象が起きるのでしょうか。そのメカニズムはどういうものなのでしょうか。
みなさんが実際に行った経験を思い起こしましょう。目を閉じて、同じものを繰り返して描いているときとランダムに描いているときの感覚を呼び起こしてみてください。その違いをノートに記しておきましょう。こちらからの説明を聞く前に、自分で考えてみることが重要ですよ。教員が言うことを記憶するだけでは、学習効果は薄く、すぐに忘れてしまいます。みなさん自身が頭を働かせる必要があります。他人の名前を覚えるや、英単語を覚えるというところで話しましたが、学習者、つまりみなさん自身の経験とつなげて新しいことを理解していった方が学習効果が高まります。
(思考タイム!)
さあ、もうそろそろ先に進みましょう。非利き手で○を描いたとき、最初の1個を描くときと、半分くらい描いたところでやり方に違いはありませんでしたか。最初は慣れないこともあって、一生懸命考えながら○を丁寧に適切に描こうとしていたと思いますが、半分ほどを過ぎた頃、あるいは最後の1回の描き方はちょっと違っていませんでしたか。同じく、小学生の頃の漢字練習を思い起こしてください。列の一番上に練習する漢字を丁寧に書き、その下に何個も漢字を繰り返し書いていっていると、半分から下の部分は丁寧さが全く異なり、別人が書いたようになっていませんでしたか。同じ事を繰り返し練習していると、なんとなく感覚で、あまり意識しなくてもそれなりの動作ができてしまうのです。
今度はランダムに描いたときのことに焦点を当ててみましょう。○を描いた後に他の形を描いて、また○に戻ってきます。何回も○を描く中で、○を描くときには必ず○を意識しませんでしたか。ブロック練習で、○だけを繰り返し描いた最後のほうの自分とは違って。ランダムに練習することで、頭をより働かせる必要が出てくることが理解できたでしょうか。
前回学んだ運動学習理論のフィードバック回路を思い出してください。見る必要がある人は(リンク)に飛んで確認してきてください。繰り返し練習をする過程において、毎回毎回望まれる理想の状態を脳の中で新しく作って行動を起こし、理想に対する結果の比較をし、フィードバックをかけていくことができるのがランダム練習で、ブロック練習ではこの回路の理想を作る部分を端折ってしまう可能性があるのです。同じ事を繰り返すことによって、いちいち理想の状態をプログラミングする手間が省け、動作には慣れていくので、直後のパフォーマンスは一時的に高くなるかもしれませんが、脳に対する負荷が十分でないため、忘れるのも早くなるという説明がされています。
ランダム練習では、○を描くというプログラムを作り、実行し、フィードバックをかけた後、△を描くというタスクが入力され、△を描くためのプログラム作りが行われて行動の後に△に対するフィードバックが起こります。そしてまた○を描こうとしたとき、再度頭の中で○を描くためのプログラムを作り上げることをしなくてはいけません。このように、同じ事を繰り返させないことで、一度作った○を描くプログラムをいったん消去させて、次にまた○をどう描くかというプログラムを作らなくてはならない状況を作り出せるのです。筋力トレーニングでは主に筋にある一定以上の負荷をかけることによって効果をあげようとしますが、技術やスキル練習では脳にある一定以上の負荷をかけていくことが必要となります。
ブロック練習がダメだと言っている訳ではないことにも注意してください。目的や対象によってはブロック練習がとても効果的である場合もあります。選手時代にドリルでの繰り返し練習を中心に行ってきたアスリートが、コーチになっても他に選択肢がなく、ドリル(ほとんどがブロック練習)練習ばかりをアスリートに課す場合が多々あるようにも思います。運動学習理論をもとに考えれば、ランダム練習をいかにうまく取り入れるかがスキルアップのためには重要な要素となることに気づくでしょう。試合の状況を考えても、ランダム練習の重要さがよく分かると思います。クローズドスキル系の種目の場合はランダム性は低くなりますが、オープンスキル系の種目の場合にはまさに試合がランダムな性質を備えていますので、ランダム練習を取り入れていかないと、試合で生きるスキルの練習にはならず、ドリルによるテクニック向上にとどまる練習しかできないことになってしまいます。
これは半分冗談話として聞いて欲しいところですが、みなさんがテニスコーチであると仮定してみてください。余暇時間を使ってテニスを習いに来ている方がいます。テニススクール経営を維持するためには、お客様に良い気持ちになってもらって、それなりに上手くなりつつ、しかしもっと上手くなりたいと思って継続して会費を払っていただけるように戦略を立てていかなくてはなりません。運動学習理論を学んだコーチなら、ブロック練習を中心に練習を組むかもしれません。なぜなら、レッスンで上手くなったと満足して帰っていき、たまに出た試合で少しは上手くなっているものの、物足りなさを感じてレッスンに戻ってきてくれます。そしてブロック練習で上手くなった「つもり」になって(実際にはその時点では上手くなっています!)、満足して帰ってくれます。テニススクールの経営を考えればブロック練習メインです。ただ、同じクラブでジュニアの選手コースを教えたとしましょう。ここでは間違いなくランダム練習を中心にすべきでしょう。保護者は短期的に上手くなったかどうかを気にするかもしれませんが、子どもたちの将来を考えれば、しっかりと頭を働かせるランダム練習を中心に、ピンポイントで課題が生まれたときにブロック練習を組み合わせつつ練習を進めていくことが重要でしょう。
恒常練習と多様性練習
練習の種類としてブロック練習とランダム練習を紹介しましたが、似たような概念に恒常練習(Constant Practice)と多様性練習(Varied Practice)というものがあります。恒常練習はあるスキルを練習する際に、力の出し具合やスピードなどを変化させず、一定にして行う練習で、多様性練習は多様な力の出し具合やスピードなどで練習をしていくものです。
この2つの練習を実際に経験してみましょう。やってみるのは的当て(まとあて)です。紙くず丸めてボール状にしたものを10個ほど、ペットボトルのような的になるもの3つ用意してみてください。まず一直線上に的としてペットボトルを並べます。紙ボールを投げる自分もその一直線上から投げるので、部屋を4等分して、端っこから投げるようにすると良いかもしれませんね。できるだけ、ペットボトル間の距離をとってみてください。そのペットボトルに紙ボールを当てる練習を恒常練習と多様性練習でやってみましょう。使う手は非利き手にしましょうか。もしも簡単すぎたら指ではじく、あるいはゴルフのように鉛筆か何かで紙ボールを打つようにして難易度を上げて試してみてください。
まずは恒常練習からです。3つ置いた的の真ん中を狙って10個の紙ボールを投げてみてください。投げ方は同じでやってみましょう。下手投げかもしれませんし、背中側からツイストして投げるといった方法でも良いかもしれません。同じテクニックを使って練習をします。
次に多様性練習をやってみましょう。3つの的をランダムに狙って投げてみてください。近いのに投げたり、遠くのに投げたり。多様性練習をするとき、自分の力の出し具合は動きのスピードに意識を向けてみてください。どのような違いを感じるでしょうか。
さあ、恒常練習と多様性練習のどちらが練習の効果が高いでしょうか。この議論はブロック練習とランダム練習のものと似ていますね。運動学習の効果を考えるときには、脳がどれくらい頑張っているのかという指標で考えてみると良いですね。この場合にも、効果が高いと考えられるのは多様性練習のほうです。同じテクニックを練習するのに頭を余計に働かせています。
ここまできて、ブロック練習とランダム練習、恒常練習と多様性練習の違いは何だと疑問に思っている人もいるかもしれないので、違いを明確にしておきたいと思います。
図1 4つの練習の種類の例(バレーボール)
図にバレーボールの例を挙げました。ブロック練習の場合、オーバーハンドパスならオーバーハンドパスだけを繰り返して行います。ブロック練習という場合のブロックとバレーボールのテクニックとしてのブロック(ブロッキング)とを混同しないように注意してください。全く違った概念です。ランダム練習の場合は、オーバーハンドパスだけでなく、アンダーハンドパスやスパイク、あるいはブロックなどがランダムに現れてきます。ブロック練習とランダム練習は練習する「技」の種類が焦点となります。一方、恒常練習と多様性練習では一つの技を練習するのに、どの「程度」の力の入れ具合でやるのか、どのくらいのスピード感でやるのか、どのくらいの距離で行うのかといったことが焦点となります。
これらの練習の種類を、コーチング対象の現状や目的、文脈に合わせて組み合わせていくことが求められます。ぜひ、自分の種目を対象に、各練習の種類にはどのようなものがあるかを考えてみてください。